GIRL

本当は現実のことが何もかもわかっていない。夢想的だと言われるけど、私は何かおかしいだろうか。

この世に生まれて物心がついたときから、ずっと私は私のままここにいて、自分の身体の外側で、私の身体は私ではない側の身体のために存在しているように扱われているのを見てきた。

私は果たしてきらびやかな服を着て谷間を見せびらかして傅くために生まれたんだろうか?とも思っているし、なぜ裸になって他者の体液を浴びる危険な仕事を私の側の身体はやる選択肢があって、ペナルティを負っているのだろう、と思う。

私はそれを「ペナルティ」に感じている。私たちはそれを当たり前に受け入れているだけで、これを言うと、現状の社会でそうした労働に従事している-私だって、水商売してるし-人たちに対する配慮が足りていないとか、女性性を出すのも女性のエンパワメントだ、とか言われるかもしれないけど、数十年経てば、かつて、選挙権が無かったり、自分の口座が持てなかったり、望まぬ結婚をさせられていた時と、たいして変わらないような、「ありえないこと」になっている気がするのだ。だって、儀礼に則っているだけで、人間と人間として考えるなら、明らかにおかしい。

もし、代わりにきらびやかなものを貢いでもらえるとはいえ、美形の有色人種がどんなコミュニケーションの終わっている白人に必ずかしづく店があったら、その店は変だと糾弾されると思う。白人が有色人種の身体に侵襲して、体液を浴びせていい仕事があるのは異様だと多くの人が感じると思う。なぜ女だけはそういうものだと思われているのか謎すぎる。単にボディタイプが違うだけ。

この前、「『WE ARE THE WORLD』が作られた1985年当時は黒人と白人が一緒に歌を歌って同じ映像に映るなんて考えられなかった。音楽番組で黒人を出さないと決めているところもあった。」と言っている人がいて、ほぇーと思った。それがたった45年前のことなら、45年後にキャバクラ的なカルチャーも性風俗も無くなっていたら、この世のコミュニケーションの形が全然違うようになっているんじゃないかと思う。私は「今の子たちはいいな、ずるい」と思うだろうから、私は私の思っている生き方を貫くことにした。戦争で娘時代が…と言っている人のようなもので、私にとっては、自分の尊厳はいつも戦時下にある気がする。街が、人が、世間が、どうかしているように思う。何?

私は女の人が男性のために存在しているような表象をこの先の人生で一切受け付けないと決めた。だって45年後にそうなってたら「そうじゃんやっぱ!」って言うもん。

でも、『WE ARE THE WORLD』好きとか言って善人ぶっているけど、女の人は全然俺たちと違うものだ、みたいに思っている人たちもいてーうちの父親だけどーそういう感覚の人たちって、普通に当時生きてたら「なんで黒人の人が白人と同じことやってるんだ?」「でも奴隷は奴隷じゃない?」とか平気で言ってたと思う。世の中は、すでにパッケージ化された平等でなんかかっこいいやつしか受け付けられなくて、今自分がいる世界の変なことには気がつけない人たちが多数だ。

何も考えてないと思う。かっこよくパッケージングされたお歌に則って世界平和気取れるなら安いもんである。それは「そういう」のを目的に作られたやつだし。

大学生の頃までの、表向きは男女平等みたいな世界観の方が照れがあって、普通に楽しかったと思う。や、それまでも全然嫌な思いしてきたけど。私は、なんでも望んでいいなら、全ての疑似恋愛と性産業が終焉し、マジの人間関係以外なくなる世界になればいいな、と思っているし、私が願っているのって本当はこれかもしれない。友達のバイト先に行ったらちょっと気まずい気持ちをなぜ人は女に対して、持っていないんだろうって思う。なんで当たり前のように「そう」だと思ってしまうんだろう。私たちはずっと、ナメられている気がして、うまく笑えない。「くらはしれい」という絵本作家がいて、かわいい女の子の絵をよく描いているんだけど、最近は祈るような気持ちでそのポストカードを買ってしまう。

世界がこんなことになっているとはわかっていない。私は男性のために存在している女性像の一切がなくなればいいと思っている。男性が女性のためにやっているそれをやめていいから。でも、それだと困るのは男性だから、結局男性は頑張らないといけないのか。わからない。かわいいお洋服を着て楽しそうに生きていたかった。なんでこんな感じなんだろうって思う。

結局、疑似恋愛も売春も地下化するとか、現実的ではないとか、そういう話はどうでもいい。だって、現状の世界の方が、もし、女側が主権の世界ならあり得ないパラレルを生きていると思う。魅力のないものや、コミュニケーションがわからない人間が、お金で演技を買えるとか、身体の侵襲を紙切れと引き換えにできるとかの方が私はよっぽどおかしいと思うし、自分が本当に「そう」だと思っていることを、「そう」思ったまま死にたい。それならこの世界はもう少し居心地がいいし、利己的な奴が勝つ、というゲームをやっているようだから、私だって利己的に生きるならこれだ。

本当に、何ひとつ意味がわからない。なんで「こっち」なんだ?人間は頭いいらしいけど。明らかに釣り合っていないものを釣り合っているように見せかけても恥がないと思っているなら、何が文明社会なんだろう、って思いますね。自分のバツの悪いところ見られないなんて、ライオンをオリに入れて展示して、殺人ドローンつくる世界でどんだけ弱いんだよって思いますね。

私には外側のことが一切分からなくて、”幼稚な”少女趣味ばかり引きずっているのだけど、幼少期から見てきたものが、もし、全部間違っているなら?と思い始めた。

「近代において人間は基本的には自由」とのお触れ込み通り生きるなら、私はそれらの世界を一切拒絶したいし、女児の上位互換として生きると思う。YUKIのサマソニの動画が流れていて、高校生の頃、YUKIを聴きながら一人で勉強していた頃のことを思い出した。

あの頃と同じ時間が、YUKIを聞くと流れている気がする。絶対今見えるものの外側に行きたかったけど、音楽を聴いて、受験勉強をしている時間って、かなり「内側」の時間だから、多分私は、現実ではない場所にいたんだと思う。私は現実と非現実の違いがわからない。インターネットが発展して、スマホ一つでウーバー届く時代に、私が私のままでいたいというそれだけのことがどうして叶わないんだろう、と思う。助けて欲しいけど、誰も助けてくれないから、いつも薄ら笑いで凌いでるけど、やっぱり、変なんですかね。私。

ティーンの頃の私にはわからないことがいっぱいで、男の子というのは、私たちの身体を褒賞品のようにしか思っていないし、何か頑張った時に得られるものだとしか思っていないし、下手したら自分如きが手を出せるものとしてものすごく雑に扱ったり、言いふらしたりするのだ、と思った。乳首を噛むとどうとか、あそこのゲーセンでヤったとか、言ってて、完全に世界は終わっていた。私はいつもサブバッグに「クリィミーマミ」の缶バッジをつけていてうまく笑えなかった。

その上彼らの名誉を鼓舞するような、プロムクイーン的な立ち位置になれるわけでもなく、何も知らずに生きていた自分が恥ずかしくなった。私には、人がなぜあんなに冷たくなるのかがわからないし、いつも、少し、凍っている。凍りながら生きている。「ホモソーシャル」というのがあって、とか「フェミニズム」の歴史とか、そうなんだけど、そんなんじゃなくて、そんなんじゃなくて、私は、いつも自分の人生一個分として、悲しいのである。私が死ぬまでに見る夢の種類としては、完全に悪夢なのである。

小学1年生の時に露出狂に遭遇してから、私の人生には割り込みが生じているけど、私がなぜそういう目に遭うのか分かったくらいにはもう少し大人になってからだったし、私はなぜ私ではないものが私に期待されているのかがわからない。おそらくアスペルガーと言われたりするんだろうけどー自分の物語を守ろうとする人は異常者だから発達障害とか自閉とかこだわりが強いとかで処理されるー私は、私のままでいたいだけなのだ。それで世界はもう少しフェアで、優しいと、信じていたのだ。

助けて欲しい。

なんで私が「それ」をやらないといけないのか、私にはいつもわからない。わからないと思いながら生きている。

それなら「スナックのママ」とかやるなよって言われるんだけど、みんな死にたそうだったから。ていうか私が死にたそうだったのか。どんな存在でも受けいれなきゃと思って、私は私の有限の時間を、私の見たいものではなくて世間に投げていた。母の自殺がショックだったから。

全然練習してない馬鹿みたいな楽器とか、凍った料理とか持ってくる人もいて、私はそれを全て笑顔で受け取らないといけないかと思った。生まれてから今まで育った環境にはそんな人いなかったから、悪気のないものは否定しちゃいけないと思った。私が私の人生を守る砦は存在しなかった。父親がやっていた教育関係の仕事が「みんないいね」的な世界観だったのもあって私もそれを引きずっていたけど、私は個人としては人生に登場してくるものを選びたいし、私が美しいものを見たいと人間一人として願い、そのように仕事をし、私生活を送るとき、初めて「露出狂」のことがまたよくわかる。

あはっ。私が何をまなざすかにも、何に時間を使うかにも、どうやら男のそれよりは価値があるみたいで、私のボディタイプの目に写るというのは結構大事なことみたいだと、なんとなく察する。私はフェアであることを大事にしたいから、もう、私は私の見たいものしか見ない。私は私のために私の見たいものしか見ない。

割れてしまう。それならよっぽど既製の映画とか本の方がいい。私は母親ぶる必要はない。優しくいたかっただけで個人なら、生活圏に現状の男性社会のものを一切入れたくない。仲良しの友人たちと生きていくんだと思う。

別に、顎で使うとか何かを貢げとか言わないから、そっとしておいて欲しい。そっとしておいて欲しいというのが私の願いなのだと思う。

こんなことになるとは聞いてないし、笑って合わせてきたもの全てが嫌だと思う。